審判に左右される競技は見ない

life others

おはようございます、ねこマスタ〜です。

8月に入って北海道も暑くなってきました。

お盆までの10日間は30℃に達する日が何日かあるかもしれません。

僕の部屋にはクーラーはないので室温は28℃くらいまで上昇しています。

ただ夜は部屋を閉め切っても暑くて寝苦しいまではいかない。

熱帯夜には一度もなってないので猛暑日になる地域に比べたら過ごすのは楽だ。

僕は冷房も苦手なのでこの環境には満足している。

審判に左右される競技は見ない

パリオリンピックも連日熱戦が繰り広げられている。

で毎度のごとく出てくるのが誤審。

世紀の誤審なんて言葉がオリンピックの度に言われる。

僕はほとんどこれら審判に左右される競技は見ない。

スポーツを観てストレスが溜まるってのがどうもしっくりこない。

それだったら別に見なくていいという感じだ。

もちろん感動する試合はあるわけだがそれ以上に誤審などで興が削がれるのがイヤなのだ。

正々堂々と闘って勝っても負けても感動するような試合ならいい。

が、しかし

ルールに抵触しないなら何してもOK的なのとか。
審判の印象を良くするために攻めてるフリするとか。

観ていて全く感動しない。

オリンピックのような世界最高峰の舞台でこんなズルっこいの観たくないわけだ。

これだったら学校の体育祭の方がよっぽど感動できる。

だって勝つためにはズルも戦略のうちみたいなのがないから。

なのでレベルが上がるほど観ていて面白くないという逆転現象が起きる。

もちろんテクニックなどは世界最高峰なので素晴らしい。

それでもスポーツの根本的な感動をもたらす要素が欠落している気がしてならない。

純粋なタイム競技がいい

前にも書いたことがあるが僕は水泳と陸上が好きだ。

この2種目は純粋なタイムあるいは計測競技だ。

だから審判の恣意的な判断が入る要素がない。

水泳に至ってはレーンも決まっているのでズルしようもない。

これだと純粋に競技に没頭できる。

そしてオリンピックは最高の選手が集まるので観ていて面白い。

これらの競技で世紀の誤審なんてことはまず起こらない。

あと陸上のトラック種目は参入障壁が低いのがいい。

どういうことかと言うと、誰でも出来るってことだ。

水泳だったらプールがないといけない。

球技だと道具がいる。

大谷さんがグラブをたくさん寄付してくれたけど逆に言えば道具が高いってことでもある。

が、しかし

トラック種目は誰でも出来る。

以前NHKの番組でジャマイカの短距離練習を見たことがある。

子供達は道路で練習していた。

一流選手が使うトラックも日本人の目から見ると結構ボロい。

でも強い。

アフリカの長距離選手は起伏のある地形を走っている。

自然の中で練習しているわけだ。

しかも子供は裸足だったりする。

これなら道具なんてほとんどいらない。

だからトラック競技だと先進国以外の国の選手が活躍しやすい。

特にヨーロッパは勝てないならルールを変えればいいじゃんなのでトラック種目とは相性が悪い。

なぜならルールの変えようがほとんどないからだ。

スタートの失敗を2回から1回にしたところでヨーロッパの選手が有利になるわけでもない。

つまり本当の地力が試される。

こういう競技が好きなのだ。

本人の実力がそのまま結果に反映される。

これが観ていて気持ちいい。

あとがき

審判の判定も競技のうちなのは分かる。

が、しかし

やはり僕はそれでストレスになるのは勘弁って気分だ。

かなり以前、ストレングスファインダーで性格分析をしたことがある。

トップに来たのが共感力だった。

感情移入しやすいんよ。

だからオリンピックみたいな大事な大会で誤審で台無しになったりするのを見るのはホント辛い。

もちろん一番辛いのは当の選手なわけだけど。

でもそれを見るのも辛い。

なのでだんだん判定が入る競技は見なくなった。

今回も水泳と陸上くらいしか観ていない。

あとは結果をニュースで知るくらいでちょうどいい。