楽しむのが下手になったかも

life

おはようございます、ねこマスタ〜です。

円安に振れてますね。

140円を突破しています。

僕は4月に1ドル128円の時に将来200円になっても別に驚かないと書きました。

すぐに200円に行くとは思わないけど、国力は開く一方なのでジリジリと円安に向かうと予想しています。

米国の利上げが終わったら一旦円高に振れて、その後はまた円安方向に行くだろうとざっくり考えてます。

で、為替の話ではなくて楽しみかたの話。

35年ぶりの実家にて

ずっと実家住まいなら気づくことはなかったのだろうけど、二十歳から35年間北海道にいて戻ってくると色々気づくことがある。

何しろ部屋も当時のままだったし。

だから小中高生の時にどんな風に日々過ごしていたかが自然と思い出される。

洗面台も同じなら階段も変わってない。

だから当時どんな動きをしていたかも普通に思い出す。

で思った。

俺、楽しむのが下手になったかも。

没頭しなくなった

これは僕が子供の頃によく読んでいた釣りの本。

ヤマメ・イワナ釣り

巻末に昭和39年5月日本橋と書いてある。

親父が日本橋の本屋で買ったものだ。

この本、何回というか何十回読んだか知れない。

親父に影響されて渓流釣りを小学生の時に始めて高校生まで一緒に行っていた。

が、しかし

親父は会社をやっていたので休みはなかなか取れない。

だからもっぱら本を読み漁っていた。

釣りの本は他にもたくさんあって全て読み込んでいた。

釣り以外にも将棋や麻雀・漫画などにも没頭した。

そう、子供の頃はとにかく没頭していた。

時間なんて全く忘れて。

その感覚を35年ぶりに思い出した。

てことは今の僕は没頭していないということだ。

先のことを気にするようになった

没頭していた頃は、その瞬間を楽しんでいたはずだが、いつの頃からか先のことを気にするようになった。

たぶん社会人になって拍車がかかったと思う。

仕事では先読みは役に立つスキル。

起こりうる事態に備えて準備しておくのも大事。

が、しかし

日常生活でもそんな癖がついてしまった。

こうなると、今を楽しむということがなかなか出来ない。

常に先のことを考えてしまう。

これが終わったら次はこれ、みたいな。

そして時間が常に頭に入っている。

何時までにこれをやってという感じだ。

一概に先読みが悪いとは言わない。

老後2000万円問題に備えようと思ってせっせと投資に励んだのは良かった。

このお陰でどれだけストレスが減ったか分からない。

ただ効率やコスパを生活の中心に置いてしまうと、楽しむことからは離れて行く気がしている。

だって時間を忘れて没頭することと効率やコスパって違うから。

中には分刻みの忙しいスケジュールをこなすことに充実感を味わう人もいるだろうが、僕はこなすことよりも没頭することに楽しさを感じるわけなんよ。

あとがき

ずいぶんと楽しむのが下手になったなあと思う。

楽しんでいる最中から終わった後のことを考えるようになったのはいつ頃からだろう。

やはり働き出してからだな。

今は無職だからもっと頭を柔らかくしていい。

母親の世話があるが、三食きちっと出していれば文句は言われない。

これを書きながら、もうちょっと自由にやっていいんだよなと改めて気づいた。