走ることのできる喜び

life running

おはようございます、ねこますた〜です。

今日は最高気温が8度の予報で寒いですけど、こんな日はあと何日もないでしょう。

日曜日には20度くらいまで上がりそうだし、冬も終わりって感じです。

走ることのできる喜び

雨の日以外は毎日走っているけど、最近微妙に右膝が痛い。

痛いといってもごく鈍い痛みで走れないわけじゃない。

スピードもキロ4分台まで上げなければ痛みは出ない。

だからキロ6分くらいでジョギングしている分には全く問題ない。

以前なら脚に痛みが出るとショックだったけど今はそうでもない。

当時はサブ3やハーフ80分切りを狙っていたので練習強度が落ちることを非常に恐れていた。

が、しかし

今は健康のために走っているので無理する必要が全くない。

鈍い痛みがあるのなら、それを感じないくらいゆっくりしたペースで走ればいい。

ゆっくり走ると周りの景色を楽しむ余裕もあってそれはそれで楽しい。

あと匂いとか。

雨あがりの森は独特のいい匂いがする。

ガチで練習していた時にはあまり感じなかったことだ。

そう、当時は練習だった。

今は走るのが楽しくて気楽にやっている。

不思議なんだけど、走っていると人類は太古の昔からずっと走ってきたんだろうなぁなんて感じる。

そういう意味で繋がっているというか。

走っていると時々そんな時空を超えた感覚を味わえるのがいい。

歩けなくなる前に走れなくなる

健康寿命を気にする人は多いだろう。

で歩けなくなったら健康寿命も尽きたと考えるのは普通だ。

だからウォーキングをしている年配者も多い。

つまり歩けるかどうかを気にしている人はかなりいるということだ。

ここまではいい。

別におかしくとも何ともない。

が、しかし

僕はこう思うわけ。

歩けなくなる前に走れなくなるだろう?

ここを気にかけている人は多くない気がする。

でも歩けなくなる前段階として走れなくなるがあるはずだ。

で思うんだけど、僕みたいな50代後半って微妙じゃないか?

おそらくほとんどの人は自分は走れると思っているだろう。

実際はどうだろうか。

結構難しいのではないか。

走るといっても50m100mの話じゃない。

普通ランニングはキロ単位だから。

なので最低1kmくらいか。

実は50代後半で1km走ることができる人は案外少ない気がしている。

いやいや自分は練習すれば走ることができると思っている人もいるだろう。

これはイエスでもありノーでもある。

今まで走っていなかった人がこの歳になって走り始めたらかなりの確率で故障する。

若い頃は少々の故障なら治るけど、年齢が高くなると治りが遅くなるし治らない可能性も高くなる。

そう考えると中高年の中にはすでに走ることができなくなっている人が多数いると思われる。

でそんなことを意識している人もまた少ないと思う。

だけど歩けなくなる前に走れなくなるのが普通だからこれは健康寿命を考えた時に大事な点なのではなかろうか。

自分がもし走れなくなったら、健康寿命の終わりに片足突っ込んだなくらいの感覚になると思う。

あとがき

動物は走れなくなった時はだいたい寿命だ。

草食動物は逃げられないし、肉食動物は餌を獲れない。

それに対して人間は走れなくても生きていけるし生活するのに走ることは重要ではない。

が、しかし

寿命という点から見ると走れなくなるというのは他の動物と同じく確実に終わりに向かっていると言える。

だから健康寿命を気にするのであれば、最終防衛ラインである歩くことの前の走ることに力点を置いてもいいんじゃないかと思うわけ。

なぜなら走れるけど健康寿命が尽きましたって人はほぼいないだろう。

認知症になったら分からないが、認知症の人が走るイメージってないんよね。

そんなことをぼんやり考えながら今日ものんびり走る。